右手の宙の戒典一本で始祖の隷長の動きを止めて見せた男、デュークは
状況が状況にも関わらず相変わらずの調子で尋ねた。
その間にも再び暴れ出しそうな始祖の隷長だったが、何故か宙の戒典を前にして大人しい。
それをさも当然のように見据えるデュークはそこから視線を逸らさないまま、クロームへと続けた。

「この者達を見定めるのではなかったのか、クローム」
『デューク・・・』
「・・よもや余計は説明は要らぬ、か」

しかし自らクロームの応えを遮ると、デュークは静かに囁くように名を呼んだ。

「ユーリ」

反応は無い。
地を這う唸り声は依然として古仙洞に響き、腹の底を震わせている。
それでも尚暴れる素振りを見せないと言う事は、何らかの異変があったと言う事。
離れた場所でそれを見ていたレイヴンはその事に気づいた。

「聞こえないか」

今度は強く名を繰り返す。
チャキ、と宙の戒典が鳴る。
力が篭められたそれに呼応するように伏せていた始祖の隷長が首を擡げる。

『デュー・・く・・・?』

唸り声にばかり震わせていた喉でわなわなと男の名を口にした。
垣間見え始めた本来の理性に皆が息を呑む。

『デューク・・』
「戻って来い。お前ほどの者ならば容易いだろう?」
『もど、る・・・?』

猛々しかった始祖の隷長の声が、宙の戒典を前にしたこの短時間で次第に鎮まっていくのが分かる。

「今ならまだ間に合う。だから戻って来い、こちらに」

あの時、ユーリがエステルに言った言葉と同じ言葉を優しく投げかけるデューク。
今ここで踏み留めさせなければユーリは完全に目の前の強大な力に飲み込まれてしまう。
なんとしても、最低どちらかの正気を戻さなければならない。
始祖の隷長の最期を知っているからこその、しかしながらこれは最後の手段だった。

『無茶を、言う・・・この子、ユーリのためにも早く、止めを刺さぬか・・・!』
「随分と弱気なことだな」
『・・・満月の子の力を帯びた以上、既に手遅れだった。お前なら、分かっているだろう・・・?』

狂わされた始祖の隷長の最期を。
穏やかにも聞こえるその言葉に、デュークだけではなくクローム、そしてジュディスも目を伏せた。
満月の子の力に晒された始祖の隷長の最期ほど惨いものはない。

「・・・もう、無理なのか」

デュークは顔を伏せた。
宙の戒典によって一時的に力を封じ込まれている彼が、驚くほど柔らかな目をしたからだ。
これから自分が彼へとしなければならない仕打ちを思うととてもでないが、そんな彼の目を前に居た堪れないのだ。
それすらも見越していたように始祖の隷長は口を開く。
それは既に狂気に満ちた咆哮ではなく、理性を取り戻しフェローらと同じく威儀のある凛とした声だった。

『お前に非はない。もちろん、この場に居る誰にもだ』

デューク、そして二人を見守る者全てに言い聞かせるように。

『これは、始祖の隷長として我と生まれ・・・そして人として生きたユーリの運命(さだめ)だ』

運命だと悟る自分自身にも強く言い聞かせるよう
始祖の隷長はデュークの背後に庇われたままのエステルを見下ろし、続けた。

『我らのこの結末は、我らが満月の子として生まれたお主と出会ったが故の運命だ。
 しかし、砕くことの出来ぬほど固く築かれたこの道、それを歩むことを例え先に怨もうと後に後悔しようとも
 星の軌跡を光が辿るように、我らはそれをなぞり進まねばならなかった』

自分を見上げる少女の瞳に次第に涙が溜まっていく。
ユーリが幾度と無く身を挺して護り
そして少女が辿る軌跡を少女自身に選択させ、ここまで来た彼女を泣かせてしまうことを申し訳なく思った。

『だから、お主が気に負うことは無いのだ・・・何ひとつ、な』
「っでも、わたし・・・・!」
『して尚も怨むか。悔やむか。ならば我を怨むがいい。
 お主らの辿る軌跡を描く星を砕いた、このイクレプスを』
「そんな・・・!」
『怨まれるのは我だけで十分だろう・・・・

 我は、なんとしても護らねばならない』

始祖の隷長、否イクレプスと名乗った彼は体を封じる宙の戒典の力を振り切り体を立ち上げた。
その体はデュークが彼と初めて出会った時と同じように、夥しい量の人と同じ赤い血を流している。

イクレプスの意味深な言葉。
その心中は定かではないがまるで降伏を示すような行動にひっそりと息を吐く。
しかしその安堵の息も束の間、軽くなった空気が再び重々しく体に圧し掛かり、立っていた者は思わずよろめく。
なんだ?と思考を動かすより先に自分らの足元に黒い陣が現れる。

「どうして・・・・!?」

巨大すぎる陣に囲まれたリタが透かさず声を荒げる。
リタは一目見ただけで足元に広がる陣の役割に気づいた。
魔導器全般には詳しいリタが、最も得意とする分野―

「なんでそこまでして、戦うのよ・・・!!」

チリチリと空気の爆ぜる微小な音。
強靭な術が発動する前に起こる現象に、陣の上に立つ皆が身を強張らせた。
これは、自分達にとどめをさす術なのだ、と。

「ユーリッ!!」

デュークの背後でエステルが叫ぶ。
愛しい名を呼ぶ可憐な声は絶望に染まっていた。

そんなエステルにイクレプスは穏やかな目を向けるだけで。
刻々と発動までのカウントダウンが進む中、そこに立つ者は誰一人として動こうとしなかった。
周囲にバラバラになりながらもその足でしっかりと立つユーリの仲間たちに、イクレプスは瞳を伏せる。

『良き、仲間たちだな・・・ユーリ』

瞳を開いたイクレプスはゆっくりと傷ついた翼を広げる。
それが合図だったのか、足元の陣に更にエアルが集められ、立つことすら困難になる。

『―これが最後だ。“忘却の始祖の隷長イクレプス”は、今ここにその使命を終える』

イクレプスのその言葉に、デュークが静かに剣を掲げる。
宙の戒典に剣としての役目を果たさせるため、体の記憶を元にそれを鋭く構えた。
目の前には、彼の心臓。

ここで自分がしなければいけないこと。
彼を救うため、そして、世界のために―



己の瞳に映るのは、自分を静かに見下ろす始祖の隷長の、あの男と同じ瞳。
今もこの瞬間を、はたしてあの男は夢に見ているのだろうか―?



固い鱗に覆われた深く息衝く灯火を目がけ

デュークは躊躇することなく、深くふかく、剣(つるぎ)を突き立てた。














一番辛い役割を負うのは、世界を救うことと同じ。



 
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